Summary§ 1§ 2§ 3§ 4§ 5§ 6§ 7§ 8↓資料DL
NSI REPORT #002

インフルエンサー施策が終わったあと、
ブランドに何が残るか

再生数・保存数で終わらせず、次の起用・企画・評価へつなぐための実務設計
何を測り、何を残し、次に何を変えるか。
実証研究とケーススタディから明らかにする。
SCROLL

何を残すかが決まっていなければ、何が残ったかも測れない。

再生数や保存数の報告だけで施策を終えず、ブランド想起、再利用できる表現、クリエイターとの関係、次回に生かせる学びまで、企画段階で「何を残すか」を決めておく。

01

成果指標は、ひとつではない

認知、態度、エンゲージメント、購買意向、購買は、観測される場所も施策からの距離も異なる。ひとつの「成果」という箱に入れてしまうと、成功の基準は揺れてしまう。

02

その場の成果と、次に残る価値は別である

その施策の成果が大きくても、次に使えるものが残らない施策はある。反対に、成果は小さくても、次の判断を変える学びが残る施策もある。この2軸を分けることで、施策の価値は違って見えてくる。

03

成果が次につながらない、三つの理由

期待した反応や変化が生まれない。生まれた成果や学びが次へ引き継がれない。繰り返すうちに、信頼や新鮮さがすり減る。施策は、この三つのどこかで次への接続を失う。

04

残したい価値から、施策を逆算する

誰を起用するかから始めるのではなく、施策後に何を残すかを先に決める。そこから、必要な変化、投稿の内容、起用する相手を逆算する。

01
PRACTICE / 01

「成果が出た」と「次に生かせるものが残った」は違う

再生数は目標を超えた。それでも、社内の評価は割れる。半年前と同じクリエイターを起用したのに、今回は反応が鈍い。担当者が異動すると、成功の理由まで引き継がれず、次の担当者はまたゼロから学び直す。

問題は、クリエイターの選定だけではない。狙った成果と、評価に使う指標が噛み合っていないのである。失敗と結論づける前に、狙った成果と評価指標が一致していたかを確かめたい。

「成果が出なかった」と「次に生かせるものが残らなかった」は、同じではない。この2軸を分けて見ることが、本レポート全体の評価フレームになる。

その施策の成果 → 次に残る価値 → 再設計領域 成果も学びも、次に持ち越せない 短期成果型 当期は動いたが、次には残らない KIORI・シナリオA 学習蓄積型 成果は小さいが、学びが次に活きる 成果資産化型 成果と学びが、ともに次へつながる KIORI・シナリオB
その施策の成果 次に残る価値

2軸は連続的な度合いを示す模式図であり、施策が必ず4類型のいずれかに分類されるという意味ではない。

KIORI(季織)だし醤油 パッケージ
KIORIKIORI CASE|この施策で、ブランドに何が残ったか

本レポートの内容を理解しやすくするためのケーススタディ

※KIORI(季織)は、意思決定の違いを示すために設定した架空ブランドです。数値・金額は説明用の試算です。

商品
KIORI(季織)新発売の高級だし醤油
ターゲット
いつもの料理を、手間を増やさず少しおいしくしたい30〜40代
課題
商品の存在だけでなく、いつもの料理にどう使えるかが伝わっていない
起用
料理系クリエイター1名(Y氏)
主目的
ターゲット層における新商品の認知向上
当初の報告指標
リーチ・再生数・保存数
設計変更後の確認指標
助成想起・商品理解
予算
150万円・投稿3本を想定

以降の章で、この企画が「設計を変えなかった場合(シナリオA)」と「設計を変えた場合(シナリオB)」に分かれていく過程を追う。分岐と結末はChapter 6でまとめて示す。

02
PRACTICE / 02 — EVIDENCE MAP

「フォロワー数で選ぶのはやめよう」は正しいか?

実務では、認知・態度・エンゲージメント・購買意向・購買を、ひとまとめに「成果」と呼ぶことがある。しかしこれらは観測される場所も、施策からの距離も異なる指標である。エンゲージメントは投稿への反応に近く、態度や認知は生活者の内面の変化であり、売上は施策からの距離が遠く、他の要因の影響も受ける最終的な事業成果である。

フォロワー規模は、目的によって意味が変わる

「フォロワー数で選ぶのをやめよう」という言い方は分かりやすいが、単純化しすぎている。メタ分析では、小・中規模のインフルエンサーはエンゲージメントに、大規模のインフルエンサーは購買意向に、それぞれ寄与しやすい傾向が報告されている[1][2]。フォロワー規模は、目的と結びつけて初めて、選定基準として意味を持つ。

研究が示すこと

クリエイターの特性は態度や購買意向と関わる一方、売上そのものへの直接効果は研究間で一様には確認されていない[2]。「効いた・効かなかった」ではなく、何が、どの成果に、どこまで影響したのかを見る必要がある。

研究を読む際の注意

相関か因果か。自己申告の購買意向か実購買か。単一投稿か継続起用か。プラットフォームや商材カテゴリーの違い。これらを揃えずに数字だけを比較すると、読み違える。

要因エンゲージメントブランド反応(想起・態度)購買意向購買行動・売上主な留保
フォロワー規模条件で変動研究が少ない条件で変動研究が少ないプラットフォーム差
ブランドとの適合概ね好影響概ね好影響条件で変動研究が少ない商材差
専門性・信頼性条件で変動概ね好影響条件で変動研究が少ない自己申告指標が多い
同質性・疑似社会的関係条件で変動条件で変動結果が分かれる研究が少ない対象者差
情報価値概ね好影響条件で変動条件で変動研究が少ないコンテンツ形式差
広告表示(PR表記)結果が分かれる結果が分かれる結果が分かれる研究が少ない知見が混在[4]

国内外の実証研究を、成果指標ごとに整理した見取り図。効果の大きさや方向は、商材、プラットフォーム、表現形式、調査設計によって変わる。「想起」と「態度」は同一の指標ではなく、便宜上ひとつの列にまとめている。本表の「エンゲージメント」は、主としていいね・コメント・保存・シェアなど、各研究で観測された投稿への反応を指す。視聴時間や完了率などの暗黙的な注意指標とは区別して読む必要がある。

「いいね」後の世界でも、ブランドは自動では残らない

いいねやコメントの減少は、生活者がコンテンツを見なくなったことを意味しない。視聴時間、完了率、再視聴、滞在時間、スキップ、シェアなど、明示的な反応を伴わない行動からも、プラットフォームは生活者の関心を推定している。

実際、Socialinsiderの2026年ベンチマークでは、7000万件超の投稿を対象に、TikTokの平均コメント数が24%減少、Instagramの平均コメント数が16%減少する一方、TikTokのシェア数は45%増加、Instagramのシェア数は12%増加し、両プラットフォームで動画視聴数も増加したと報告されている[10]。LinkedIn Engineeringも、滞在時間のような受動的な消費行動を、コメントや再共有などの能動的な行動とあわせて複数目的で最適化していると説明しており、滞在時間だけを見ているわけではない[11]。

エンゲージメントが消えたというより、公開された反応から、暗黙的な視聴や私的な共有へ重心が移っていると見る方が正確である。しかし、これらはコンテンツが注意を止めたことを示す指標であり、ブランドの想起・理解・信頼・選好が変わったことを直接示すものではない。いいねを視聴時間に置き換えるだけでは、測定の問題は解決しない。

層指標例分かることそれだけでは分からないこと
暗黙的な注意滞在時間、視聴完了率、再視聴、スキップ率注意がどこで止まり、どこで離脱したかブランドが記憶されたか
明示的な反応いいね、コメント、保存、シェア意図的な反応、保存、共有が起きたか態度や選好がどこまで変わったか
ブランド成果想起、理解、信頼、選好、購買生活者の記憶や評価に何が残ったかどの表現や接点が変化を生んだか
アルゴリズムが学習したことと、ブランドに残ったことは同じではない。

フックや視聴維持だけに最適化すれば、動画は覚えられても、ブランドは忘れられかねない。診断指標を追うことと、ブランド成果を追うことは、別の作業である。

KIORIKIORI CASE|この施策で、ブランドに何が残ったか
KIORI・シナリオA
「届いた」を「認知された」と読んだ会議

届いたことは測れても、覚えられたことまで測れているとは限らない。新商品の認知向上を掲げたKIORI。実施後の報告では、ターゲットリーチ、動画再生数、視聴完了率、保存数がいずれも目標を上回り、「認知は獲得できた」と評価された。動画の視聴完了率も高く、レシピ動画としてはよく見られていた。しかし、最後まで見られたのが料理手順の有用性によるものか、KIORIの商品理解が進んだからなのかは分からなかった。視聴が続いたことと、ブランドが残ったことは別である。商品名や特徴が記憶されたかを確かめるブランドリフト調査や事前・事後調査は、施策に組み込まれていなかった。

分岐点
「届いた」と「覚えられた」を分けて測る

KIORIが施策前に決めるべきだったのは、認知を「ターゲットに届いたこと」ではなく、「商品名や特徴が記憶されたこと」として、どう確かめるかだった。主指標には、接触者と非接触者を比べるブランドリフト調査、またはターゲット層への事前・事後調査による助成認知・商品理解の変化を置く。リーチ、再生数、視聴完了率、保存数は、その変化が起きた理由を読み解く補助指標として扱う。

03
PRACTICE / 03

「この人だから伝わる」を、どうつくり、どう守るか

クリエイターへの信頼は、条件がそろえば、ブランドの信頼形成にもつながり得る[6]。信頼がブランドへつながる条件と、信頼が損なわれる条件は、分けて考える必要がある。

「この人である理由」をつくる、4つの適合

商材との適合、訴求内容との適合、フォロワー層との適合、プラットフォームとの適合。「有名だから」ではなく「この人が語ると自然だから」を、企画段階で言語化できるかどうかが分かれ目になる。

「その人らしさ」は、起用しただけでは守れない

Journal of Marketing誌に掲載された研究は、真正性(Authenticity)がクリエイター個人の性質だけで決まるのではなく、ブランド・クリエイター・生活者・運用側の整合によって成立し得ることを示している[3]。「その人らしさ」は、起用した瞬間に手に入るものではない。ブランドとクリエイターが、進行のなかでともに守るものである。

個別研究が示すこと

美容・ファッション領域のYouTube上のインフルエンサーを対象とした個別研究では、信頼性・専門性・社会的魅力・身体的魅力・同質性といった信用性要因や、視聴者との疑似社会的関係(パラソーシャル)が、商品への態度や紹介行動と関わることが報告されている[5]。

研究で確認されている範囲と限界

これらの知見は、特定のプラットフォーム・カテゴリー・対象者における関連を示すものであり、あらゆる案件で同じ強さで再現されるとは限らない。適合の4点を確認する目安として使うのが実務的である。

クリエイターにとって、フォロワーからの信頼は活動の土台である[7]。起用の文脈、表現の余白、報酬や負荷への配慮を欠けば、短期の露出と引き換えに、次も一緒につくれる関係を損なうことになる。

広告であることが分かると、効果は落ちるのか。研究結果は、一方向ではない。広告表示はスポンサー付き投稿だという認識を高め、信用度を下げる場合がある一方、態度や行動意向への影響は研究間で分かれている[4]。「隠せば効く」でも「明示すれば必ず信頼される」でもない。

広告だと分かっても受け入れられるかを左右するのは、ブランドとの適合と、内容そのものの情報価値である。問題は、広告であることではない。広告だと分かったあとにも、見たい・知りたいと思える内容かである。不透明な広告表示は、その施策の効果だけでなく、ブランドとクリエイター双方への信頼を損ない得る。

KIORIKIORI CASE|この施策で、ブランドに何が残ったか
KIORI・シナリオA
PR表記が、投稿の一番下にあった

表記そのものはあった。しかし投稿の一番下、キャプションを開かないと見えない位置だった。クリエイターのコメント欄には「気づかなかった」という反応が残った。

分岐点
表記を、企画段階から設計する

広告表示は、投稿後に付け足す注意書きではない。企画とコンテンツの一部として、最初から設計する。この論点も、Chapter 7のブリーフ設計に引き継がれる。

04
PRACTICE / 04 — THE CENTRAL THESIS

投稿の成果を、ブランド資産に変える

そして、それを育て続ける基盤まで、企業に残す

生活者の側に残すものが、ブランド資産。企業の側に残すものが、そのブランド資産を育て続ける能力である。

同じ「意味」でも、残る場所によって呼び方を変える。生活者が「KIORIは手間なく料理をおいしくする」と個人として記憶することと、その意味がレシピ投稿やコメント、口コミとして生活者どうしのあいだで共有されることは、別の資産である。NSIは後者を、#001から続けてFandomain Capital——ブランド・生活者・コミュニティのあいだに蓄積する関係、語り、参加の力——と呼ぶ。

概念何が残るか主な所在
ブランド資産想起、意味、理解、信頼、選好一人ひとりの生活者の記憶・評価
Fandomain Capital関係、共有されるナラティブ、参加、推奨、継続的な関与ブランド・生活者・コミュニティのあいだ
Owned接点・顧客データ許諾を得て再接触できる顧客IDと行動履歴企業が管理する接点
コンテンツ・データ資産表現、利用権、反応データ、生活者の言葉企業が再利用できる状態
組織資本判断基準、標準プロセス、管理基盤企業・組織の内部

LINE登録者が1万人いることが、そのままFandomain Capitalの大きさを意味するわけではない。登録者が継続的に反応し、体験を語り、他者に推奨し、その語りがブランドの意味を厚くしているかまで見て、初めてFandomain Capitalに近づく。Owned接点は、関係を継続する場である。CRMは、そこで得た許諾済みの顧客IDと行動履歴をつなぎ、次の接触に生かす企業側の基盤である。Fandomain Capitalは、Owned接点を含む複数の体験から育つ、関係と語りの資本を指す。

コメント数は、コミュニティの規模ではない。同じ生活者が繰り返し現れるか。生活者どうしの応答が生まれているか。ブランドが投稿し続けなくても、体験や語りが共有・再解釈されているか。単発の反応ではなく、この継続性まで確認して初めて、Fandomain Capitalの蓄積に近づく。公開反応が減ったことをもって関係がなくなったと判定せず、逆に、コメントが少し付いたことをもってコミュニティができたとも判定しない。

アルゴリズムは、関心のありそうな生活者との接続をつくる。しかし、その一度の接続を、記憶・継続的な関係・再接触へ変えるのは、ブランド側の設計である。

投入 起用・予算・企画 例:Y氏に3投稿を発注 反応 投稿・再生・反応数 例:保存1.2万件 変化 想起・理解・態度 例:想起率+6pt(当期) ブランド資産 想起・理解・信頼・選好 生活者の記憶に残る状態 次回へ持ち越せる資産 ブランド資産と、育てる基盤が、次の企画へ帰ってくる
当期に生まれる成果 次回へ持ち越せる資産・基盤

KIORIが「だし醤油の使い方に対する理解」をブランド資産として残したいなら、商品理解の変化をブランドリフト調査等で確認する。同時に、効果の高かったレシピ表現を再利用できる契約と、その表現が効いた理由を次回の企画に使える意思決定ルールとして残す。この具体的な設計は、Chapter 6でKIORIの分岐として詳しく見る。

↑ Fandomain Capital

共有される語り・参加

ファンダムの文化的領域に蓄積する、関係・語り・推奨・共鳴。

↑ Owned接点・顧客データ

再接触できる接点

本人の許諾を得て、ブランドから再び接触できるIDと行動履歴。

↑ 共創基盤

クリエイターとの関係

共創の履歴と相互理解。次回も協働できるという関係そのもの。

↑ コンテンツ・データ資産

表現・利用権・反応データ

生活者に届いた表現、二次利用できる素材と権利、反応データや生活者の言葉。

↑ 組織資本

選定基準・プロセス・仕組み

ブリーフ、契約条件、評価方法、意思決定ルールなどの、反復利用できる基盤。

共創基盤について——信頼を、使い切らない。起用のたびに関係を消費するのではなく、次も一緒につくれる状態を残すことが、共創基盤の本体である。

これらの基盤だけを見れば、最終的に厚くしたいブランド資産そのものを見落とすことになる。なお本稿の「資産」は、会計上の資産計上ではなく、将来の成果を生む経営上の蓄積を指す。

担当者が学んだだけ、報告書を保存しただけでは、組織資本にはならない。学びは、資料になっただけでは組織資本にならない。次の選定・契約・制作・評価のルールを変えたとき、初めて組織に残る。KIORIの場合、次の三段階で違いが分かる。

01 — 個人の経験
担当者が「Y氏は効果的だった」と覚えている

異動すれば、この経験ごと消える。

02 — 共有された組織知
効果的だった理由が、報告書やナレッジベースで共有された

共有知にはなるが、次回運用するかは担当者次第。

03 — 組織資本
選定基準・ブリーフ・契約書・評価方法が更新され、次回から標準適用される

担当者が変わっても、次回そのまま運用できる。

WIPO — 無形資産投資統計より

ブランドを残すには、組織の「型」も残さなければならない

30.5%
Organizational Capital
14.7%
Brands

World Intellectual Property Organization(WIPO、世界知的所有権機関。国際連合の専門機関のひとつ)とLuiss Business Schoolの調査では、29カ国を対象に集計した2023年の無形資産投資のうち、Organizational Capital(組織資本)が30.5%と最大のカテゴリーで、Brandsは14.7%だった[9]。これは企業価値や個々の施策の効果を示す比率ではなく、集計対象国の投資構成比である。同調査は、ブランドの効果がR&D・デザイン・データ・組織資本などとの補完関係によって高まるとも指摘している[9]。

ここから導きたいのは「ブランドより組織資本の方が重要」という結論ではない。ブランド資産を育て続けるには、単発の表現だけでなく、それを再現・改善できる組織的な仕組みが要る、ということである。以下は、WIPOの無形資産分類をもとに、NSIがインフルエンサー施策へ実務的に翻訳したものであり、WIPO自身がこの分類を提示しているわけではない。

組織資本の要素インフルエンサー施策での内容
Operating models選定・ブリーフ・制作・承認・効果測定・改善の標準プロセス
Platformsクリエイターデータベース、権利管理台帳、コンテンツ保管、分析基盤
Distribution networks継続的に協働できるクリエイターネットワーク、運用可能なチャネル
Supply chainsブランド・代理店・クリエイター・法務・制作間の連携プロセス

なおCRMも、WIPOの分類上は単一のカテゴリーに収まらない。顧客理解や関係構築の施策はBrands and marketing assetsに、CRMツールやデータベースはSoftware and databasesに、部門横断の運用設計はOrganizational capitalに、それぞれ近い。Fandomain Capitalも、信頼・語り・ロイヤルティという点でBrands and marketing assetsに最も近いが、完全に同義ではない。WIPOが無形資産への投資を分類し、NSIは施策から何が市場・文化・企業に蓄積したかを捉える。両者はそこで役割が分かれる。

05
PRACTICE / 05

施策の価値が、次に残らない三つの理由

価値が次に残らない理由は、成果が生まれなかった場合だけではない。生まれた成果や学びが引き継がれないことも、繰り返すうちに信頼や新鮮さを摩耗させてしまい価値の低減を招く。

生まれない

そもそも動かなかった

生活者の反応も態度の変化も起きなかった。投入に対して、反応そのものが乏しかったケース。

引き継がれない

生まれたのに、次へ渡せなかった

価値は生まれたが、権利・データ・関係・学びとして、次の担当者や次の施策へ渡せなかった。

すり減る

繰り返して、すり減った

同じ起用と同じ表現を繰り返すなかで、クリエイターの信頼と生活者の新鮮な関心が失われていった。

継続起用だけでは、蓄積は生まれない。関係が深まり、学びが次の判断に戻って、初めて継続は資産になる。

なぜ、次の施策につながらないのか

前回の状態が保存されない。素材の利用権がない。担当者が異動して知見が消える。関係も案件終了と同時に切れる。次の施策は、再びゼロから始まる。

結果が意思決定へ戻らない。報告書は提出される。しかし次回も同じ基準で選び、同じブリーフを使う。測定はしているが、選定や設計を変えていない。

残すものは、絞ってよい

二次利用権の取得には費用がかかり、データの保存にも運用の負荷がある。次に使う見込みのないものまで回収しようとすると、保存すること自体が目的になる。案件ごとに「今回残す資産を1〜2個選ぶ」という原則の方が、実務では機能する。

KIORIKIORI CASE|この施策で、ブランドに何が残ったか
KIORI・シナリオA
二次利用権が、契約に含まれていなかった

施策後、担当者は投稿画像を広告に転用しようとしたが、二次利用の許諾が取られていなかった。担当者は3ヶ月後に異動し、クリエイターとの関係も次の担当者に引き継がれなかった。

分岐点
KIORI だし醤油
残したいブランド資産から、施策を逆算する

企画段階で最初に決めるのは、施策後にブランドの何を厚くしたいかである。想起か、商品理解か、信頼か、選好か。そのうえで、顧客接点・クリエイターとの関係・コンテンツやデータ・運用知のうち、何を残すかを決め、必要な調査・導線・契約・記録方法を逆算する。KIORIなら、「使い方への理解」を残したいとき、商品理解の変化を調査で確かめつつ、効果の高かったレシピ表現を再利用できる契約と、効いた理由を次の企画に活かせる知見として残す。

06
PRACTICE / 06

残る価値を、測れる言葉に変える

「残したい」と考えるだけでは、実務は変わらない。誰が受け取り、どこに残し、次のどの判断に使うのか。そこまで決めて初めて、価値は組織の力になる。

残す価値残る場所具体的に残るもの確認指標の例次に変わる判断
ブランド資産一般生活者・市場想起・理解・信頼・選好ブランドリフト調査、指名検索、CRM登録次の訴求・対象
Fandomain Capitalファンダムの文化的領域継続する関係、共有される語り、共鳴、参加、推奨複数回反応者比率、継続的なUGC、生活者どうしの相互作用、推奨行動、ナラティブの再解釈どの体験・語り・参加を育てるか
Owned接点・顧客データ企業が管理する接点許諾を得て再接触できる顧客IDと行動履歴新規登録数、配信到達率、再訪率、再反応率、購買転換率誰に、何を、いつ届けるか
共創基盤ブランドとクリエイターのあいだクリエイターとの関係と共創履歴再起用率、企画速度次の起用
コンテンツ・データ資産企業・組織表現、利用権、反応データ、生活者の言葉再利用可能素材数、利用許諾期間次の制作
組織資本企業・組織選定、ブリーフ、契約、制作、評価、改善を再現する判断基準・標準プロセス・管理基盤次回案件への反映件数、標準プロセスの適用率、担当者交代後の再現可否次の起用・ブリーフ・契約・評価設計

LINE登録者数のような数だけでは、Fandomain Capitalの大きさは測れない。保存やフォローもプラットフォーム上の反応であり、必ずしも企業が再接触できるOwned接点にはならない。担当者が覚えている状態と、選定基準や契約書が更新された状態も別物である——後者だけが、担当者の異動後も使える組織資本になる。

KIORIKIORI CASE|この施策で、ブランドに何が残ったか
シナリオA — 設計を変えなかった場合
投稿3本、150万円のまま実行

「新商品の認知向上」を掲げたが、確認できる指標を組み込まないまま実行。発売後、投稿画像を広告に転用する必要が生じたが二次利用の許諾がなく、追加のクリエイティブ制作費として約60万円が別途発生した。

シナリオB — 残すものから設計した場合
投稿3本を維持し、250万円を企画段階で予算化

「認知向上」だけでなく「使い方への理解をブランド資産として残し、反応のよかった表現を次回も活用する」と目的を具体化。起用費150万円に加え、二次利用権50万円、簡易ブランドリフト調査30万円、公式LINEへの登録導線整備20万円を最初から予算化した。

予算内訳シナリオAシナリオB
投稿3本(起用費)150万円150万円
二次利用権なし50万円
ブランドリフト調査なし30万円
Owned導線整備なし20万円
発売後の追加制作60万円なし
最終総額210万円250万円

Bの最終支出は、Aより40万円高いだけである。追加40万円で、成果の検証、投稿の再利用、顧客との再接触、次回に使える判断基準までを取得した。後から60万円を使って穴を埋めたAと、最初から100万円を資産形成へ振り向けたBの違いであり、金額は説明用の試算にすぎない。実際の水準は、利用媒体・期間・調査方法によって変わる。

シナリオA・結果
当期の反応
リーチ・再生・保存は目標達成
ブランド資産
届いたことは分かるが、想起・理解の変化は不明
コンテンツ資産
二次利用不可。追加素材を別途制作
組織資本
担当者の所感として残るのみ
次回の意思決定
前回と似た条件で再発注
シナリオB・結果
当期の反応
リーチ・再生・保存は目標達成
ブランド資産
助成想起+4pt、商品理解+6ptを確認
Owned接点
公式LINE等への登録・再接触導線を設置
コンテンツ資産
投稿3本の利用権、反応データ、生活者の言葉を保存
組織資本
選定基準・ブリーフ・契約・評価方法を更新
次回の意思決定
効いた条件をもとに起用・表現・予算を変更

KIORIであれば、Y氏の投稿から「時短レシピ登録」へ誘導し、公式LINEやメールで継続的にレシピを届けられる関係が、Owned接点にあたる。反応が語りや推奨として自発的に広がれば、それはFandomain Capitalの領域になる。

比較項目シナリオA|設計を変えなかったシナリオB|残すものから設計した
企画の目的新商品の認知向上商品理解をブランド資産として残し、次回も活用する
投稿Y氏による3投稿Y氏による3投稿
当初予算150万円250万円
発売後の追加費用新規素材制作60万円なし
最終総額210万円250万円
当期の反応リーチ・再生・保存は目標達成リーチ・再生・保存は目標達成
ブランド資産届いたことは分かるが、想起・理解の変化は不明助成想起+4pt、商品理解+6ptを確認
Owned接点プラットフォーム上の反応のみ公式LINE等への登録・再接触導線を設置
共創関係単発起用で終了Y氏との共創履歴と次回条件を記録
コンテンツ・データ資産二次利用不可。追加素材を別途制作投稿3本の利用権、反応データ、生活者の言葉を保存
組織資本担当者の所感として残る選定基準・ブリーフ・契約・評価方法を更新
次回の意思決定前回と似た条件で再発注効いた条件をもとに起用・表現・予算を変更
結論成果は出たが、一回で閉じた成果がブランド資産と組織能力へ変わった
シナリオAとBの違いは、投稿が成功したかどうかではない。施策で得たものが、次のブランド形成を変えたかどうかである。
KIORI(季織)だし醤油

同じ商品、同じクリエイター。違いの起点は、何を残すかを先に決めたことである。KIORIというひとつの企画が、この一冊の中でたどった分岐が、次章の5つの問いにそのままつながる。

07
PRACTICE / 07

残したい価値から、施策を逆算する

現場では、最初に「誰を起用するか」という投入から考えがちだ。ブランド資産まで設計するなら、考える順番は逆になる。ブランドの何を厚くしたいかを先に決め、そのために何を動かす必要があるかを考え、どんな投稿や反応が要るかを詰めてから、最後に誰を起用するかを決める。

実行の順番:起用→投稿・反応→変化→ブランド資産
設計の順番:ブランド資産→変化→投稿・反応→起用
1

ブランドの何を厚くしたいか

想起か、理解か、信頼か、選好か。先に決める。

→
2

誰の何を変える必要があるか

狙うブランド資産に対応する、生活者側の変化を言語化する。

→
3

どんな投稿・反応が必要か

狙う変化に対応する投稿の形と、確かめる指標を決める。

→
4

誰を起用するか

ここまで決めてから、初めて適合するクリエイターを選ぶ。

実行は起用から始まる。設計は、残したいブランド資産から始める。
Q1

誰に、何を知り、感じ、選んでもらいたいのか

対象と、狙う変化を一文で言えるか。認知なのか、態度なのか、購買意向なのか。

Q2

その変化を、何で確かめるのか

成果指標を、施策の前に決めているか。事後にKPIを選び直していないか。

Q3

なぜ、この人が語ると届くのか

商材・訴求・オーディエンス・プラットフォーム、4つの適合を説明できるか。

Q4

広告だと分かっても、見たい・知りたい内容か

表記の有無だけでなく、内容そのものに情報価値があるか。

Q5

何を残し、次のどの判断を変えるのか

保管するだけでなく、次回の選定・ブリーフ・評価に反映する仕組みがあるか。

ブランドが決めること

残したいもの、権利と二次利用の範囲、成果を確かめる指標に加えて、必須訴求、禁止表現、法規・ブランドセーフティ上の制約、成果に関する仮説も、ブランド側が事前に決めておきたい事項である。

クリエイターに委ねること

本人の語り口や、表現の細部。ブランドが枠組みを示し、表現に余白を残す。その余白が、クリエイター本人の声を守る。

08
PRACTICE / 08

成果を、次のブランド形成へ戻す

施策後に残すべきものと、次の会議で決めること

施策は、投稿が公開され、数字が報告された時点では終わっていない。生活者の記憶にブランド資産が残る。ブランドをめぐる関係と語りが、Fandomain Capitalとして育つ。企業の中には、再利用できるコンテンツ・データと、次回も成果を生み出す組織資本が残る。その蓄積が、次の起用、表現、予算、計測を変えたとき、施策の成果は一回で閉じず、次のブランド形成へ戻っていく。

生活者の記憶には、ブランド資産を。ブランドをめぐる関係には、Fandomain Capitalを。企業には、再利用できるコンテンツ・データと組織資本を。そして、残ったものを次の判断へ戻す。

新しい資料を増やす必要はない。企画書に目的を一つ、契約書に残すものを一つ、報告書に次回変えることを一つ加える。考えることを増やすのではなく、迷わず選べるようにする。

企画前|企画書・ブリーフ

今回、誰の何を変えるか

対象: 
変化:□ 想起 □ 理解 □ 信頼 □ 選好 □ 購買
実施前|発注書・契約書

施策後も何を使える状態で残すか

□ 再接触できる顧客接点
□ 再利用できるコンテンツと権利
□ 比較可能な反応データ
□ 次も協働できる共創関係
振り返り後|実施報告書

次回、何を一つ変えるか

□ 起用 □ ブリーフ □ 契約 □ 導線 □ 計測 □ 予算

契約書で「コンテンツ」を選んだ場合は、利用媒体・利用期間・編集可否・使用可能素材まで記入欄を続ける。報告書は、変更内容・担当者・反映期限の3項目だけを追記すればよい。

企画書で選んだ目的最初に見る指標
想起ブランドリフト、助成・非助成想起、指名検索
商品理解メッセージ理解、ブランド連想
信頼信頼度、推奨意向
選好第一選択率、購買意向
購買コンバージョン、購買件数、売上、増分売上

担当者に「目的に合った指標を考えてください」と要求するのではなく、目的を選べば候補が出るようにする。必要な予算は、残したいブランド資産と蓄積基盤から逆算する。

目的に合う成果指標を一つ。その結果が生まれた理由を読み解く投稿指標を一つ。視聴時間、完了率、再視聴、保存数、シェア数は、投稿のどこで注意や反応が生まれたかを読むための診断指標である。ブランドリフト、商品理解、信頼、選好、購買は、目的が達成されたかを判断する成果指標である。この二つを分けることで、プラットフォーム上の数字を無視せず、同時にそれだけで施策を評価することも避けられる。

役割選ぶ指標(KIORIの例)
成果指標商品理解
診断指標視聴完了率または保存数

保存数が使われ続けるのは、完璧な指標だからではない。自動で取得でき、誰にでも説明できるからだ。ブランド資産を残す設計も、同じくらい簡単でなければ定着しない。目的を一つ選び、残すものを一つ決め、次回変えることを一つ記録する。そこから始めればよい。

インフルエンサー施策で生まれた一度の体験が、Owned接点によって継続し、Sharedの語りへ変わり、その語りが再解釈されていく。その循環のなかで、Fandomain Capitalは少しずつ厚くなる。本レポートが企業に求めるのは、大がかりな仕組みではない。その循環を一回で切らないための、三つの小さな設計変更である。

いいねの次に視聴時間を見るのではない。注意の先に、ブランドの何が残ったかを見る。
成果が次の判断を変えるところまでが、施策の設計である。
  1. Barari, M. et al. (2025). インフルエンサー・マーケティングの効果に関するメタ分析. Journal of the Academy of Marketing Science. doi.org/10.1007/s11747-025-01107-3
  2. Pan, X. et al. (2024). インフルエンサー特性と成果指標に関するメタ分析. Journal of the Academy of Marketing Science. doi.org/10.1007/s11747-024-01052-7
  3. Duffek et al. (2025). インフルエンサー・マーケティングにおける真正性のマルチステークホルダー研究. Journal of Marketing. doi.org/10.1177/00222429251319786
  4. Liu, Y. & Zhao, X. (2024). スポンサーシップ表示に関するメタ分析. Marketing Letters. doi.org/10.1007/s11002-024-09757-z
  5. Yan, R. & Takahashi, H. (2025). The Parasocial Relationships Between Influencers and Consumers: The Impact on Product Attitudes and Product Referrals. マーケティングジャーナル. doi.org/10.7222/marketing.2025.032
  6. Wang & Chan-Olmsted. (2024). インフルエンサーからブランドへの信頼移転に関する研究. doi.org/10.1177/23294884241255911
  7. Libai, B. et al. (2024). Influencer marketing unlocked: Understanding the value chains driving the creator economy. Journal of the Academy of Marketing Science. doi.org/10.1007/s11747-024-01073-2
  8. 消費者庁 (2023). 「ステルスマーケティングに関する運用基準」. caa.go.jp — ステルスマーケティング(2023年10月1日運用開始)
  9. World Intellectual Property Organization and Luiss Business School. (2026). World Intangible Investment Highlights 2026: Better Data for Better Business and Policy. wipo.int — 報告書PDF / Key Trends and Insights
  10. Socialinsider. (2026). Social Media Industry Benchmarks. socialinsider.io — Social Media Benchmarks(業界データ。査読を経た学術研究ではない)
  11. LinkedIn Engineering. Leveraging Dwell Time to Improve Member Experiences on the LinkedIn Feed. linkedin.com — Engineering Blog(企業の公式技術解説記事)

インフルエンサー施策を
残るものへ。

PDF版レポートのダウンロード、レポート著者とのコンタクトは下記から。

PDF版レポートを受け取る

NSI REPORT #002 — FULL PDF

ご入力いただいた情報は、資料の送付および関連するご案内の目的にのみ使用します。

天野彬
天野 彬
Akira Amano

New Strategy Institute(NSI)Founding Director。DCXforce 執行役員 Chief Strategy Officer。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(M.A.)。株式会社電通にてデジタルマーケティングの研究開発・コンサルティングを主導。日本経済新聞電子版Think! エキスパートコメンテーター、日本広告学会理事、明治学院大学非常勤講師。

Contents
Summary§ 1§ 2§ 3§ 4§ 5§ 6§ 7§ 8Download